たびびとが行く

自宅の近所から日本国内、世界まで、あらゆるところをうろついて、そこで見聞きしたものごとを、ただ延々と書き連ねるブログです。時々、より楽しく快適な旅への豆知識もご紹介。

地方の小さな街で、往時の賑わいを伝えつつ、 未来の世代を見守る駅 ~ JR徳島線・学駅 ~

  

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近く進学を控えた受験生であっても、夏休みのような長い休みにもなれば、たまには普段の勉強漬けの日々から離れて、ちょっと旅にでも出かけてみたいと考えるのは、若い人の自然な思いなのではないだろうか。とは言っても、親や学校の先生の前で、もしそんなことを口走ろうものなら、あまりいい顔をされないものかもしれない。確かに、受験を無事に終えて、次の春からも学び続けるための場を切り拓かなければ、その先の自分の生き方に不安を感じるのもまた自然だ。そうであれば、いっそ、今の自分への思いと、将来の自分への思いを同時に叶えられる、こんな場所を旅先に選んではどうだろうか。その旅先が、今回紹介する、JR徳島線学駅である。

 

「学」という名の駅

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徳島県にあるJR徳島線学駅は、そんな受験生たちの思いを叶える駅として知られている。「学」という、わざわざ学ぶ者の心を捕らえるために付けられたようにさえ思えるその駅の名は、他の多くの鉄道の駅と同様、その駅のある土地の名前をもとに付けられたものである。

学駅の駅舎の正面に掲げられた案内によると、その「学」という地名は、かつてその付近に、学徳の高いことで知られた高僧のいる寺があったという故事に由来するという。現代では、その寺に代わって、全国から学ぶ者を集めているのが、この学駅だということになろうか。

 

合格祈願のきっぷを売る駅の今

 

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この駅の入場券は、「学」へ「入る」という語呂合わせで、入学試験合格祈願の縁起物として、日本中の受験生たちに知られている。長年にわたり、学駅の入場券を買い求めるために訪れる、多くの受験生たちを迎え入れてきた。

その学駅のある徳島線は、他の四国の各地と同様、年々過疎化が進む地域を走る路線である。駅の時刻表によると、筆者が訪れた2015年の夏には、昼間でも1時間に1本、朝夕の通勤・通学の時間帯であれば1時間に2、3本の列車が、この駅に停車しているようであった。非電化のままとなっている、この路線を走る列車は、電車ではなく、バスやトラックのようにディーゼルエンジンで動く、いわゆる「ディーゼルカー」である。そのほとんどは、わずか1両か2両の編成に、乗務員が1人の運転手だけという、いわゆる「ワンマン列車」となっており、過疎化の進むこの路線の沿線の事情を、色濃く反映しているように思えた。

 

学駅と阿波の国・徳島

 

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筆者がこの駅を訪れたのは、学校の夏休みの最中である8月の、ある土曜日の夕方近くであった。その時のこの駅には、老若男女、合わせて4、5人ほどが見られ、中には、現に地元の学校に通っているという中高生の姿もあった。この時の利用客にお話を聞いてみると、地元に住んでいるという年配の女性は、これから列車で徳島市内に住む友人に会いに行くところだとのことであった。また、地元の中学校に通っていると言う男の子2人組も、これから徳島市内へ遊びに行くところだと言った。この駅の名前に似つかわしい、参考書を手にした学生服姿の女の子は、やはり地元の高校に通っているという高校生で、これから、やはり徳島市内にある塾へ通うところだと言っていた。

この時にこの駅にいた全ての利用客が、おしなべて目的地が徳島市内だと言っていたのは、単に、その次にやってくる列車が、徳島行きの上り列車だったからだというのもあったかもしれない。しかし、それだけでは、目的地が全て徳島駅で一致していたことは、単なる偶然の産物だと言えるのだろうか。

加えて、興味深いことに、その時に話を伺った利用客の全てが、普段は移動に、自身や家族のマイカーを利用していると言っていたことでも一致していたのも、また印象的であった。そのような、モータリゼーションと都市集中の波に押された学駅の、待合室の目立つ場所に、まさに阿波の国・徳島にあることを象徴するかのような、地元の吉野川市による、阿波踊り大会のポスターが張り出されていた。

 

往時の賑わいを偲ばせる駅舎

 

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この学駅の駅舎は木造で、背の高い櫓(やぐら)のついた大きなもので、往時の賑わいを偲ばせる。しかし、こうした立派な駅舎を擁するこの駅も、今や無人駅になってしまっている。

駅舎の中の待合室には簡易自動券売機があり、入場券を購入することも可能ではあるが、なにぶん、この簡易自動券売機で売られている入場券は、今日の都市部でも一般的に見られるような、感熱紙に印刷されたものであり、その様式は、国鉄時代からの伝統である、厚紙でできた立派なものとは異なる。感熱紙への印刷は、一般に耐候性に欠けていて、保存環境次第では印刷が消えてしまうことがあるため、縁起物としての入場券として保存したり携帯したりするのには不向きである。いっぽう、昔ながらの印刷所で製造された厚紙タイプの、いわゆる「硬券」であれば、保存性にも比較的優れており、みやげ物や縁起物として販売するのに向いている。しかし、肝心の学駅そのものが無人駅となってしまった今では、きっぷを売る駅員が配置されていない以上、こうした「硬券」を売り場で販売することは難しい。このようなわけで、今日では、入場券を求めて、わざわざこの学駅を訪れる者は少なくなってしまった。

かつて、この学駅のきっぷ売り場があったらしい駅員室の窓には、この駅での合格祈願切符の販売を終了した旨を記した、手書きの張り紙があった。この張り紙はどうやら、冬休み中にだけこの駅でも行われる、件の入場券の「臨時発売」の後に残されたもののようであった。どうやら、その年末年始の「臨時発売」以来、筆者が訪れた夏まで、半年以上もそのまま放置されていたものらしかった。

この学駅の「硬券」による入場券は、普段から、同じ徳島線徳島駅阿波池田駅など、一部の比較的大きな駅で購入できるとはいえ、冬休みの一時期を除いて、ほぼ年中いつこの学駅を訪れても、肝心の縁起物として優れた「硬券」の入場券が買えないというのは、あまりにもさびしいように思えた。

 

過疎化の中で、未来の世代に託す希望

 

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小さな街にありながら、全国にその名を知られたこの駅も、時代の波には逆らえないのであろうか、往年の雄姿だけをそのままにしながら、駅員の姿もなく、すっかり閑散としてしまっていた。とはいえ、この駅を訪れた日には、たとえ偶然であったとしても、そこに今も学びを続ける若者たちの姿があったことに不思議な安堵を覚えた。彼らがこの地で「学」を積み、立派に成長した後、それぞれの歩みを幸せに進めてほしいと、彼らに密かに声援を送った。待合室の椅子に腰掛け、手に携えた参考書を黙々と読み続ける、「学」という駅の名によく似合う若者の姿に、過疎化に直面するこの街や、長い不況から脱しきれないこの国に、いずれ、この駅で見かけた若者たちが何か新しい息吹をもたらしてくれそうに思えたのは、単なる思い過ごしだろうか。

この駅に到着してからおよそ1時間が経った頃、次の上り徳島行きの列車がやってきた。この駅で次の列車の到着を待っていた利用客は、皆この列車に吸い込まれて行った。

夕暮れ時の近づきつつあったこの時間の、たった2両編成の列車は、学駅からおよそ50分をかけて終点の徳島駅に着く頃までには、多くの通勤客や、部活帰りと思しき通学客でごった返すようになっていた。地方のローカル線とはいえども、そんな2両編成の列車の中に、ちゃんとこれほどの乗客がいる時間帯がある…それならば、ここで何か一つ「学」をもった知恵を絞れば、すっかり閑散としてしまったこの地域の賑わいも、あの学駅に残る立派な駅舎のように、かつての姿を取り戻せるのではないか…そんなことを考えてしまうのは、ただ思いつきでここに立ち寄った旅人の「学」の無さのためであろうか。

 

 

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