たびびとが行く

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四万十川の清流のほとりにある一風変わった名前の駅 - JR四国・予土線・半家駅

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日本全国に張り巡らされた鉄道路線網の駅の中には、一見「おやっ?」と思うような名前の駅がある。およそ駅名は、その駅がある地名にちなんでつけられるのが一般的なので、奇妙にさえ思える駅名も、その駅がある地の由緒ある名前であることが多い。たとえば北海道に見られる、アイヌなどの先住民がつけた伝統のある地名がその由来となっているものが、その典型である。そうした事例は、本州や四国、九州にも見られる。

高知県四万十市にあるJR予土線の半家(はげ)駅も、そんな奇妙な名前のついた駅の一つである。この駅名もご多分に漏れず、その地の伝統ある地名にちなんで付けられたものである。「はげ」という名前の音がもたらすイメージが印象的なこともあって、鉄道ファンのみならず、一般の人々の間でも、この駅の知名度はそれなりにある。ところが、この駅が高知県の人口過疎地帯にあったり、地元に目立った産業がなかったりするなど、地理的な事情もあってか、実際に列車でこの駅を訪れる利用客は非常に少ないようだ。そのようなこともあってか、この駅は、その知名度の割には、普段どのような様子なのか、あまり知られていないようだ。そこで、この四国南部の、たどり着くこと自体が難しい地にある駅を紹介しよう。

 

平家の落ち武者伝説も伝えられる地

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半家駅のあるJR予土線は、日本有数の清流として知られる四万十川のほとりを走る路線である。この駅も、そんな予土線の他の駅と同様、その四万十川を間近に見ることができる崖の中腹にある。この駅は、駅員が配置されていない、こぢんまりとした無人駅で、駅舎も売店もない、典型的なローカル線の駅である。この駅の設備といえば、崖の下から駅のプラットフォームへと伸びる細く長い急峻な階段と、一面だけのごく短いプラットフォーム、簡単な雨よけがついた待合いのベンチ、そして、プラットフォームの奥の目立たないところにある、汲み取り式の便所だけである。このように半家駅は、その知名度にもかかわらず、目立って観光地として活用されている様子は全く見られない。

さて、この半家という地名については、その由来には諸説があるという。そのうちの一説によると、平家の落ち武者の一人がこの地に定住するようになったという伝説に基づき、その「平家」の「平」の文字が「半」の文字に、いつの間にか変わり、その地の名前も、いつしか「はげ」と呼ばれるようになったともいう。その説の真偽はさておくとしても、どこか「隠れ里」と呼ぶにふさわしいような雰囲気のあるこの地も、そうした全国各地に伝わる「落ち武者伝説」が伝わるには、まさに、絶好の土地柄と言えるだろう。

 

四万十川の清流を眼下に望む駅で、ゆったりとした時間の流れに身を委ねる

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先述のように、この半家駅がある予土線は、概ね四万十川の流れに沿って敷かれている。その四万十川の流れは、予土線を走る列車の車窓はもちろん、この駅のプラットフォームからも間近に眺めることができ、周辺の豊かな自然の風景とその雰囲気を満喫することができる。四万十川は、現代にあっても清流として名高い川であり、その流れを取り巻く風景には、人の手が加えられた様子がほとんどない。ここから見られる風景は、昔も今も、ほとんど変わらないのであろう。もとより四万十川は、険しい渓谷地帯を流れる川であり、どこか人を寄せ付けにくい雰囲気をたたえており、人がこの川に沿って暮らすには、並々ならぬ苦労があるのだろう。そのためか、この地に暮らす人の数は少なく、今もそれは減少の一途をたどっているようだ。

そんな四万十川に沿って走る予土線も、その利用客の数は少ない。この半家駅にも、定期営業列車は、一日に7往復が停車するのみだ。そうした予土線と、この半家駅の利用状況は、この駅の設備と、待合に掲げられた時刻表が物語っている。

この半家駅で列車を降り、プラットフォームから国道へ降りる階段を降りきれば、国道を挟んですぐ向こうが、四万十川の清流である。この階段のふもとには民家があり、周囲には畑と、いくつかの民家があるがあることから、この駅の周辺には、こぢんまりとしたものながら、ちゃんと人の生活の営みがあることがわかる。それはどこか、この地の豊かな自然の風景に、溶け込んでしまっているようにさえ感じられる。

国道を横切り、さらにほんの少し歩けば、まさに手つかずのままの四万十川の清流がそこにある。この駅にさえたどり着けば、そこからはあっけないほどたやすくたどり着ける四万十川の流れは、清流としてのその名高さを忘れさせるような、まるで当たり前といわんばかりにそこにある、悠然とした静かなものである。そんなゆったりとした四万十川の流れを眺めていると、うっかり次の列車の時刻を忘れてしまいそうになるが、もとより列車の本数が少ないこの駅の近くで時間を過ごすのであれば、そんなせせこましいことを気にするより、ゆったりとした雰囲気の中で、何も考えずに過ごす方が、心地良いかもしれない。

 

過疎ダイヤの路線に馳せる地元の思い

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いくらたどり着くこと自体が難しいとされる、この四万十川の流れに沿った予土線の沿線にも、今はモータリゼーションの波を受けて、この半家駅のふもとを走る国道381号線のような、大型のトラックも充分に走れる道路が整備されている。そんな道路の様子を見れば、この地の輸送手段全体のうち、鉄道輸送にかける割合は減少していることも、容易に想像がつく。そう考えると、こうした道路の整備は、もともと数少ない予土線を走る列車の本数にも、さらに影響しているだろう。

とはいえ、この予土線の沿線に住む人々と、この路線を運営するJR四国の、予土線に対する思いは、並々ならぬものがある。例えば、予土線を走るディーゼル車両には、外観から内装に至るまで、さまざまな工夫が施され、この地に人が訪れ、人を楽しませ、再び人に来てもらい、新たな人を呼び込もうとする「おもてなし」の心を打ち出している。例えば、車内の一画にガラス棚を設け、その中に所狭しと「フィギュア」を並べて、車内をまるでおもちゃ箱のような雰囲気で演出したり、昔懐かしくかわいらしい団子鼻の「0系新幹線」に似せた外装を施し、車内に設けられたガラス棚に鉄道模型を並べたりした、一連の「ホビートレイン」と名付けられた車両が走っており、この予土線の日常に、新たな彩りを添えている。南国・土佐のイメージにふさわしい温暖な季節には、トロッコ列車を走らせるなど、季節に応じたイベントもあり、傍らを流れる四万十川の清流と、それを取り巻く自然の風景とも相まって、何度でもそこを訪れてみたいと思わせるような予土線の魅力を、余すところなく演出している。一見、静かに見える予土線の沿線には、その地の静かさこその魅力を発信しようという、篤い志があるのだ。

半家駅でのひとときを過ごすために列車を降りてから、およそ2時間半が経ち、ようやく次の列車がやってきた。列車の到着を長く待った割には、いざ再び列車に乗り、その駅を離れようとすると、ふと、不思議な後ろ髪を引かれる思いを覚えた。半家駅で過ごした2時間半ほどの時間は、四万十川の清流と、それを取り巻く自然、そして人の息吹を満喫するには、あまりにも短いと感じられた。いっそ、自分の頭髪がなくなる頃までに、この地に移り住んでしまい、何か新しいことを始めてみようか――そんな突拍子もないことまで考えてみたくもなるような、一風変わった名前の駅でのひとときだった。

 

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