たびびとが行く

自宅の近所から日本国内、世界まで、あらゆるところをうろついて、そこで見聞きしたものごとを、ただ延々と書き連ねるブログです。時々、より楽しく快適な旅への豆知識もご紹介。

「高原地帯の駅」と「人のつながり」: 中央本線・小淵沢駅

信州の観光地域にある中心駅の一つ、中央本線小淵沢駅
2015年1月9日、筆者はこの駅を敢えて訪れてみた。今回で2度目である。

筆者が前回にここを訪れたのは、2013年8月であった。もっとも、前回訪れた時の思い出は、今となっては筆者にとって、少し悲しい思い出でもあるのだが…そのことは、ここでは敢えて多くは語るまい。

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この駅そのものについて語る前に、まずは今回筆者がこの駅を訪れるまでのルートについてお話ししよう。

前夜に北海道・東北から旧東北本線を南下してきた筆者は、東京で一泊し、その翌日の朝に、東京駅の中央線プラットフォームから中央本線を走破し、一路、下り方面終着駅の金山(愛知県名古屋市)へ向かうことにした。

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高尾駅に降り立つと、有名な「天狗」の石像が乗客を迎えてくれる。今回は、その石像をゆっくりと眺める時間ができたので、この石像が作られた由来についても、じっくり学ぶことができた。

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高尾駅から下り方面は、甲斐・信濃の国である。ここから先の列車には、国鉄時代に製造された、少し古い型式の車両が使われているが、そのことが「高原列車」としての雰囲気を醸し出しているようにも思える。

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さて、かつては武田信玄の膝元であった甲斐の地も、今やワインに使うブドウの産地としても有名になった。

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そこから更に先に進むと、断続的にトンネルを抜けながら、いかにも高原地帯といった風情の光景が車窓から見られるようになる。よく晴れた青い空が、その風情を一層強調しているかのようだった。

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甲州の地を抜けると、いよいよ信州の地に入るのだが、その前に通る大きな駅が、甲府駅である。この駅は、中央本線の一つの「区切り」として機能しており、筆者も次の列車に乗り継ぐまでの約30分間を、この駅で過ごした。その間に、弁当やお茶などの軽食を売店で購入し、その先に続く列車の旅に備えられる。

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甲府駅からの列車では、筆者は敢えて、席を立ったまま乗車した。車窓から見える風景を、ただ椅子に座ったまま眺めるだけではもったいなく、むしろ席を敢えて立って、車内のあちこちに移動しながら、車窓の外に広がる風景を思い切り堪能したいと思ったからだ。

「高原列車」が甲府駅を出て、信州に入ると、そこには晴れて暖かい日であるにも関わらず、まだまだ残雪が多く見られる、まさに高原地帯らしい風景があった。

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そうこうしているうちに、列車は小淵沢駅に到着。この日は好天に恵まれながらも、駅の周辺にはまだ残雪が散見された。さすがは高原地帯である。
とても寒い日であるはずなのに、空気は澄んで気分は爽快、来てとても良かったと思える駅であった。レールの脇には、やはり、わずかながら残雪も見られた。

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小淵沢駅は、中央本線の駅であると共に、観光路線としても知られる、小海線の駅でもある。向かい側のプラットフォームでは、小海線ディーゼル列車が、出発の時間を待っていた。

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プラットフォームから駅舎へ向かう通路をくぐると、こぢんまりとした懐かしい雰囲気の駅舎が、前にここを訪れた時と同じ姿でそこにあった。

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駅前の道路に出てみると、日陰にはまだかなりの残雪があった。筆者が訪れたのは冬の1月だが、その日が随分暖かい日であったことを考えれば、このあたりでは、このような景色が春先まで見られるのだろうか。

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さて、駅舎へ戻ると、駅舎内にある駅そば屋のおかみさん曰く、バブル期には「まるでメルヘンのよう」なほど、大勢の観光客で賑わう駅であったとか。それが、現在では観光客の姿もまばらになってしまったとのこと。
現在でも一応、駅の利用客は観光客がかなりの割合を占めているものの、最近はどちらかというと、地元の人の割合が増えているようだ、とか。

とはいえ、空気と水が澄んだこの駅の周辺には、多くの工場が立地していることから、この高原の駅でも、通勤やビジネスでの利用が目立つようになったとのこと。

また、ちょうど学校の下校の時間に訪れた僕が見ても、地元の高校生の利用も多いようだ。駅に集い、列車に乗ってくる高校生諸君の顔は、みな底抜けに明るく、この地での暮らしをとても楽しんでいるようであった。そば屋のおかみさんも、このあたりに数ある学校の教育成果を、大いに強調していた。

おかみさんは他にも、この地域一帯の観光地のうち、特に訪れて欲しいところとして、清里の地を勧めてくれた。
豊かな自然にはぐくまれた食材をふんだんに用いた料理は最高で、さらに夏になれば、星空を眺めにやってくるのにも絶好の地であるという。

鉄道駅を中心とした観光振興は、単純に貨幣を落としていってもらうだけのためのものではない。地域経済は、なにもお金の話ではなく、むしろ人と人のつながりがあってこそのもの。そうした人同士のつながりを築き上げた上に、地域の再興と発展への道があるのではないだろうか。そば屋のおかみさんと、そんな話をしながら過ごす時間は、列車の乗り継ぎのためにかかる長い時間さえも、あっという間に感じられた。

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駅舎やプラットフォームで放課後の談笑に興じる高校生諸君の笑顔と、そんな駅の奥で静かにその出番に備える除雪車を眺めつつ、そうした人と人のつながりに基づく地元の経済振興や、ふるさとに愛着を持ちながら学校を巣立って行く若者たちのために、この駅はぜひ残しておきたい駅の一つだと感じた。